試用期間中は簡単に解雇できるのか?
- 試用期間中の社員の本採用は、簡単に取り消すことができるのでしょうか?
- 本採用しない具体的な理由がなければ、「客観的・合理的な理由を欠き、解雇権の濫用である」と判断される可能性があります。
事例詳細
印刷業を営む株式会社Xに、4月から新入社員が3名入社しました。
新入社員は、1週間の教育研修を経て、工場の現場に配属されました。
現在、3ヶ月の試用期間のうち2ヶ月が経過しようとしている時期です。
しかし、どうやら現場では、3名のうち1名の本採用を拒否したいと考えているようです。
おーい、工場長。さっそくなんだが、今年の新入社員たちの仕事っぷりはどうだい?
はい、社長。今年入社した3名のうち2名はまったく問題ありません。ただ、1名はちょっと問題がありまして・・・。
1名にちょっと問題があるっていうのはどういうことなんだ? 一体誰のことなんだ?
実は、A君なんです。仕事のミスが多くて、上司も何度か注意しているようですが、どうも上の空のようで、何度も同じミスを繰り返しているそうです。加えて、勤務態度にも問題がありまして、入社してから遅刻が3回もあります。
A君か・・・。私も面接をしたんだが、面接の時はそんな感じは見受けられなかったがなぁ。
はい。入社後の1週間研修のときは、遅刻もせず、とくに問題はなかったと報告を受けています。しかし、実際に現場で作業をするようになって、ミスが目立つようになりました。
たしかに、面接や研修だけではわからない部分もあるだろうが、A君もまだ試用期間中だ。当社としても、せっかく採用したのだから、残りの試用期間で、なんとかモノにしてやってくれ。
そうなればよいのですが、最近では、注意する上司にも反抗的な態度をとるようになってきて、上司もすっかり困っているようです。できれば現場としては、試用期間中でもありますし、本採用拒否をしたいと考えています。早めにバッサリ決断することが本人のためにもなるのではないでしょうか。
ふーむ、そうか・・・。しかし、本採用拒否となれば本人のキャリアに大きな傷がつくことになるな。少なくとも試用期間中は、しっかりと面倒をみてやってくれないか。会社は、人材を育てることも義務の一つなのだから。そして、その証拠のためにも本人に注意・指導したことは、しっかり記録にとどめておくように。必要なら、書面で注意したり、私が直接面談することも検討しよう。
はい、社長。かしこまりました。試用期間は残り1ヶ月ありますので、私なりに最善を尽くしてみます。
試用期間とは?
試用期間とは、その名の通り、正社員の本採用の有無を決定するために、当社の社員としての能力や適格性があるかどうかを試してみる期間のことをいいます。
試用期間は、長期雇用を前提とした正社員に対して設ける制度です。
一般的には、3ヶ月から6ヶ月の期間を設けることが多いです。
よく勘違いされているのは、「試用」という言葉がひとり歩きしてしまい、試用期間中であれば解雇の予告も予告手当の支払いもなく、いつでも労働契約を解消できるということです。
しかし、商品のクーリングオフとは違いますから、試用期間だからといって簡単に解雇ができるわけではありません。
試用期間中の社員と正社員の違い
試用期間中の社員と正社員の労働契約の違いは、試用期間中の社員の労働契約には「解約権が留保されている」という点にあります。(三菱樹脂事件 最大判 昭和48年12月12日)
一般的に、これを「解約権留保付労働契約」と呼んでいます。
平たくいうと、「試用期間の当初から期間の定めのない労働契約が締結されているが、いざという時には正社員の解雇よりも、広い範囲で解雇(解約権の行使)が認められる契約」ということです。
本採用拒否の事由と条件
試用期間中の解雇は正社員の解雇より広い範囲で認められるとはいえ、単に「当社社員としての適格性を欠くから」といった抽象的な理由で本採用を拒否(解雇)できるわけではありません。
「どういった部分に問題があったのか」、「どの程度協調性に欠けていたのか」、「勤務成績がどのように悪かったのか」等、具体的な理由が必要です。
改善点があるならば、本人に対して口頭や書面で注意・指導をし、当社の社員としてどのように改善することが適切か説明しなければなりません。
こうしたフローなく、いきなり本採用を拒否すれば、トラブルになることは目に見えています。
本採用を拒否する具体的な理由がないのに、本採用を拒否して争いになった場合には、「客観的・合理的な理由を欠き、社会通念上相当ではなく、解雇権の濫用である」と判断される可能性がありますので、注意してください。
本採用拒否が客観的・合理的であることを第三者に示せるよう、本人の具体的な行為内容や、行為に対する注意の日時と注意内容、注意に対する本人の態度を記録しておくとよいでしょう。
本採用拒否事由の具体例
本採用を拒否する事由として具体的に考えられるのは、出勤不良・能力不足、私傷病、協調性不足・勤務態度不良です。
まず、出勤不良の場合です。
残念ながら、何日欠勤していれば本採用を拒否できるという明確な区分はありません。
参考として、試用期間中の出勤率が90%未満か、3日以上無断欠勤したら本採用しない旨の内規があった会社において、試用期間中の者の出勤率が84.4%、無断欠勤が1日あったことを理由に行った解雇が有効だと認められたケースがあります。(日本コンクリート事件 津地判 昭和46年5月11日)
つぎに、能力不足を事由とするのは、原則として難しいと考えられます。
新卒一括採用の社員はとくに、教育を通して能力をつけ、改善させることが会社に求められているためです。
一定業務の担当者が数名しかいないとか、職歴がある中途採用の場合には、新卒一括採用の社員よりも、能力不足による本採用拒否の有効性を認められる可能性が高いと思われます。
私傷病の場合はどうでしょうか。
試用期間が3ヶ月で、試用期間終了時に療養中であり、それ以降の就労のめどが立っていないといった状況であれば、本採用を拒否できると考えられます。
あるいは、症状が固定して復帰の見通しは立っているが、当初の労働契約で予定していた労務提供ができる状態ではないという状況でも、本採用を拒否できると思われます。
ただし、私傷病による本採用拒否については、就業規則の休職規定を確認してください。
「試用期間中は、休職制度の適用を除外する」といった定めがなければ、試用期間中の社員にも休職制度を適用しなければならなくなります。
このような定めがなければ、追加しておくとよいでしょう。
協調性不足は、会社の規模として可能であれば、一度は配転させるとよいでしょう。
配転先でも協調性不足だと判断されるのならば、当社には合わないと説明できる可能性が高まります。
また、上司に反抗的というような勤務態度不良は、典型的な本採用拒否事由になります。
ただしこの場合でも、書面にて問題点を明らかにし、注意・指導するなどの経緯を記録しておくことが重要です。
本採用拒否について争われた事例
本採用を拒否する事由として認められうる具体例を挙げることはできても、残念ながら「こうした基準を満たしていないから試用期間中の解雇は有効」という明確な基準はありません。
一つ参考になるのは、出勤率が8割を満たしているかという基準です。
「本採用拒否事由の具体例」でご紹介した通り、出勤率が8割を超えていて、無断欠勤が1日あった者の解雇が有効だと判断された事例があります。(日本コンクリート事件 津地判 昭和46年5月11日)
正社員の場合であれば、出勤率が8割を超えているのに、出勤不良を理由とした解雇は困難でしょう。
なぜなら、労働基準法には、出勤率が8割以上ならば年次有給休暇を付与されるという定めがあるためです。(労働基準法第39条)
法的に年次有給休暇を付与される基準は満たしているのに、出勤不良のみで解雇が認められることはあり得ません。
この事例では、正社員よりも広い範囲で解雇が認められる試用期間中の社員だったから、解雇が有効と判断されたと考えられます。
また、本採用拒否の判断時期が争点となった事例もあります。
本採用拒否を「試用期間満了時までに」決定すると規定していた会社において、試用期間満了前に(つまり、試用期間の途中で)本採用を拒否したところ、不適当だと判断されました。(ニュース証券事件 東京高判 平成21年9月15日)
「満了時まで」ならば「試用期間満了前」も含まれると考えますが、ささいなことでトラブルを生じさせないためにも、より明確に「本採用決定は試用期間の途中または満了日に行う」と定めておくとよいでしょう。
その他の試用期間の取り扱い
試用期間の長さに、法的な制限はありません。
しかし、業務上の必要性がないのに長期間設定している場合は、公序良俗に反すると判断される可能性があります。
前述の通り、3ヶ月から6ヶ月としているケースが多いです。
また、設定した期間では本採用の有無を判断しかねる場合もあると思います。
このような場合を想定し、試用期間延長のルールを設けるようオススメしています。
就業規則に、「本採用の有無を決定することが適当でないと会社が判断した場合、試用期間を延長することがある。」などと定めておきます。
延長の手続きを取らずに試用期間が終了した場合は、当然、本採用が決定されたと解されることになります。
あるいは逆に、試用期間を規定通り設けなくても、当該社員については本採用を決定できると判断する場合を想定し、「採用が適当と認めるときには試用期間を短縮し、または設けないことがある。」と規定しておくことも考えられます。
なお、試用期間は、長期雇用を前提とした正社員の能力や適格性を判断するための制度です。
いわゆる「同一労働同一賃金」の議論に巻き込まれないためにも、正社員と非正規社員の労働条件の差異を明確にし、非正規社員には試用期間を設けないことが適当だと考えます。
本採用拒否の具体的な手続きと注意点
まずは、試用期間の長さや、本採用決定の基準、「本採用決定は試用期間の途中または満了日に行う」旨等を就業規則に定めて、自社のルールを明らかにしておくことが必要です。
入社した社員にも、該当の就業規則の条文を示し、プロセスを理解してもらうことが重要だと考えます。
試用期間の規定例については、当事務所のノウハウを結集した「『会社を守る就業規則』作成マニュアル」でも解説しています。
会員制情報提供サイト「アンカー・ネット」に無料登録していただくと、お試しページをご利用いただけますので、ぜひご覧ください。
つぎに、法的な手続きについては、通常の解雇の手続きと変わりありません。
つまり、解雇の予告が必要だということです。(労働基準法第20条)
解雇する日の少なくとも30日前に予告をするか、30日分以上の平均賃金を支払わなければなりません。
また、該当する事例はまれかもしれませんが、解雇制限の定めも適用されます。(労働基準法第19条)
試用期間中であっても、業務の最中にケガをしたり病気にかかって療養のために休業している期間とその後30日間、女性従業員が産前産後休業を取得している期間とその後30日間は、解雇することはできません。
誤解してはならないのは、「試用期間14日以内であれば上記の手続きをすべて行わなくていい」わけではないということです。
試用期間14日以内で適用が除外されるのは「解雇の予告」のみです。
自社のルールや、解雇制限の定めは適用されますので、ご注意ください。
試用期間の実務のポイント
入社した社員には、試用期間の長さ、試用期間中にどのようなことを見て本採用の有無を決定するか、判断できない場合には試用期間を延長する可能性があることなどを十分に説明して理解させることが重要です。
試用期間は、会社と入社を希望する者がお互いにマッチするかどうかを見定める期間と捉えるとよいのではないでしょうか。
また、本採用するかどうかを悩んだときには、正社員にして様子を見て、ダメなら解雇しようという考え方はやめるべきです。
試用期間中の解雇よりも正社員の解雇の方が、ハードルは上がるためです。
様子を見たいのならば試用期間を延長するという方法を採用してください。
正社員になって問題行動を起こしてからやめさせるのは大変ですから、当社の正社員として的確でないなら、本採用を拒否するべきです。
そして、本採用拒否を決定しても、いきなり解雇の手続きをとるのではなく、まずは話し合いによる労働契約の解消を目指すことが一番よいと考えます。
まとめ
試用期間中の社員の解雇は、正社員の解雇よりも広い範囲で認められるといっても、解雇が自由であるわけではありません。
本採用を拒否するにいたった客観的で合理的な理由が必要です。
まずは試用期間と本採用拒否に関する自社のルールを確認し、明らかにしておいてください。
その上で、注意・指導の様子や改善の様子を書面に記録しておきましょう。
法的な手続きは、通常の解雇と変わりありません。
本採用拒否を決定したとしても、話し合いによって労働契約を解消するのが一番です。
試用期間について正しく規定しておかないと、不要なトラブルに発展する可能性があります。
就業規則への具体的な記載方法は、以下のセミナーで詳細を解説しています。
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