年次有給休暇の事後請求は有効か?
- 遅刻や欠勤が続く社員が、休んだ分を年次有給休暇で処理して欲しいと申し出た場合、認めなければならないのでしょうか?
- 遅刻や欠勤を繰り返す問題社員に対しては、原則通り、事後請求を認めないという方法が有効でしょう。
- 年次有給休暇の事後請求の有効性
- 年次有給休暇の付与単位
- 実務上の留意点
- 事例詳細
年次有給休暇の事後請求の有効性
- 本来、年次有給休暇の事後請求は、成り立たない
- 労働者が急病や緊急事態のため申し出た事後請求を認めるか否かは、使用者の裁量に委ねられる
年次有給休暇の付与単位
- 原則、午前0時からの24時間の「一労働日」で付与される
- 有給取得の申し出が当日の朝であれば、事後請求になるため、原則、年次有給休暇の取得を認めなくても問題はない
実務上の留意点
- 信頼関係が構築できている従業員であれば、事後請求を認めることも必要だが、遅刻や欠勤を繰り返す問題社員に対しては、原則通り、事後請求を認めないという方法も有効と考えられる
事例詳細
当社のA社員は、入社10年になる営業社員です。ベテランでもあり、営業成績も優秀なのですが、一つ問題があります。それは、遅刻の回数が多いということです。
A社員には、これまで何度か注意をしてきたのですが「私は営業社員だから、お客さんや他の社員にも迷惑を掛けていない」といって、なかなか改善しません。
それだけならまだしも、最近は、そのような考え方が若手の営業社員にも蔓延し、営業社員を中心として、遅刻が増えてきてしまいました。
一方で、当社では年次有給休暇のうち3日間分について、1時間単位で取得できる制度を導入しており、遅刻をしても、時間単位年休に振り替えることを認めていたという事情もあって、それが遅刻の増加に拍車を掛けている一つの要因となっていました。
おーい、総務部長。ちょっと最近、社員の遅刻があまりにも多すぎやしないか。
そうですね、社長。私も気になっておりまして、何とか対応を考えなければいけないと思っていたところです。
そうだよなぁ。まったくなっとらん! だいたい、遅刻の理由っていうのは何なんだ?
えーとですね。多いのは、電車の遅延と寝坊がほとんどなんですよねえ。
電車遅延はしょうがないとしても、寝坊は遅刻の理由にならないよなぁ。まったく。
そうですね。これらの理由は、いずれも責任感や自覚の欠如によるものだと思いますし、各自の努力で解消できるものですしね。
そうだな。遅刻をせずにちゃんと出勤している社員にも申し訳ないし。総務部長、早速改善に取り掛かってくれないか。
分かりました、社長。すぐに対策を考えてみます。今後は厳しく管理していきます。
こうして当社では、交通機関における乗客の乗降、降雨時、着ぶくれ(冬場は厚着の人が多いため、いつもの満員電車のように人が詰め込めないことによる遅延)等により、2~3分の遅延は常時発生するので、こうした事態を念頭において、多少早めに出勤すべきであるから、今後は、遅刻者に対し事情聴取を行って、やむを得ない事由がない限り、時間単位の年次有給休暇も認めない旨を通知し、1週間の周知徹底期間を経て、いよいよ実施することになりました。
しかし、実施日の翌日に早速、A社員が10分程遅刻をしてきました。
Aさん。この前、遅刻に対する取り組みについて、会社から通知があった矢先ですが、今日の遅刻は何か理由があるのですか?
今日は、乗り換えの駅ですでに電車が遅れていて、前の電車もつかえていたので、電車が動かなかったんですよ。私のせいじゃありません。
だからね、前々からいっているように、もう少し早く家を出るようにしたらどうなんだね?
分かってますよ! でも、今日の電車遅延の場合は、1台や2台早く乗ってもだめですよ。
そんなことはないだろう。先ほど駅に問い合わせたら、事故があったわけでもなく、単に日常のラッシュによる遅延という回答があったぞ。
動かないものは仕方ないですよ。じゃあ、1時間の年次有給休暇を請求しますんで、それでよろしくお願いします。
人身事故や信号機の故障のような予測不可能な事由でない限り、事後請求は認めないといったでしょう。
いいじゃないですか。今まで認められていたんだから、今まで通り認めるべきでしょう。
認めません。遅刻による10分間は欠務処理とします。今後、このようなことが続けば、懲戒処分の対象になりますよ。
このような事案について、裁判所は、次のように判断しています。
労働基準法に定める年次有給休暇の制度は、労働者において、具体的な時季指定をすることによって、当該労働者の当該日についての労働義務を、法律上当然に免れさせるものであるが、他面、使用者に時季変更権が認められていることに照らすと、右時季指定は、使用者において事前に時季変更の要否を検討し、当該労働者にその告知をするに足りる相当の時間を置いてなされなければならないと解される。
したがって、年次有給休暇の事後請求という概念は、本来成り立たない性質のものである。
もっとも労働者が急病その他の緊急の事態のため、予め時季指定をすることができず欠務した場合、使用者において、当該労働者の求めに応じて、欠勤と扱わず、年次有給休暇と振り替える処理が実際上行われることがある。
この場合の年次有給休暇の扱いを求める申し出が年次有給休暇の事後請求と呼ばれることがあるが、右申し出に応じた処理をするか否かは、使用者の裁量に委ねられているものというべきであり、この申し出によって当然に休暇取得の法的効力を生ずるものと解すべき法的根拠はない。
では、遅刻するかも知れないと分かった時点で、始業時刻より前に電話等により連絡して、年次有給休暇を請求した場合はどうなるでしょうか?
年休は暦日取得、事前請求が原則
本来、年次有給休暇とは、「労働日」を単位として付与されるのが原則ですが、ここでいう「労働日」とは、暦日計算によるものであって、原則として、午前0時からの24時間で「一労働日」ということになります。(昭63.3.14基発150号)
始業時刻から年次有給休暇が始まるのではなく、暦日計算によって、その日の午前0時から始まり、そこから24時間の休息を与えることによってはじめて「一労働日」の年次有給休暇を与えたことになります。
たとえば、年次有給休暇の申し出が当日の朝であれば、たとえ始業時刻前であっても、すでに午前0時を過ぎており、「労働日」が始まってからの事後請求でありますから、原則として、年次有給休暇の取得は認められないということになります。
ただし、上記の例のように「時間」単位で取得できる場合ですと、始業時刻前に請求すれば取得できるとの主張も考えられますから、時間単位の取得を可能とすることについては、あまりオススメできません。
とはいえ、実務上は事後請求を認めていることも多いと思います。
信頼関係が構築できている従業員であれば、信頼関係の維持のためにも、事後請求を認めることは必要なことだと思いますが、遅刻や欠勤を繰り返す問題社員に対しては、原則通り、事後請求を認めないという方法も有効だろうと考えます。
したがって、運用上事後請求を認めるにしても、就業規則においては、「年次有給休暇を申請する場合は○日前までに届け出ること」などと規定しておくとよいと思います。
年次有給休暇について正しく定めておかないと、不要なトラブルに発展する可能性があります。
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