退職前に年次有給休暇を一括請求されたら?

退職する社員が、年次有給休暇を一括で取得したいと申し出たとき、会社はどのように対応すればよいのでしょうか?
年次有給休暇の買い上げのメリットを知り、買い上げを提案して合意書を取り交わし、債権債務関係がないことを互いに確認しましょう。
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このコンテンツの目次
  • 年次有給休暇の取得
  • 会社にとっての買い上げのメリット
  • 労働者にとっての買い上げのメリット
  • 事例詳細

年次有給休暇の取得

  • 年次有給休暇の取得は、労働者の絶対的な権利
  • その休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げる場合に、会社は取得時季を変更することができるだけ

会社にとっての買い上げのメリット

  • 通勤経路の変更に関する届け出が遅れるといった、社員による過失の場合は、過払い金額を全額返金させ、注意をする程度にとどめる
  • 社員が故意に不正受給した場合は、事実関係の調査を行った上で、悪質と判断できる事案についてのみ、懲戒処分等に踏み切る

労働者にとっての買い上げのメリット

  • 賃金から控除する場合には、労使協定を締結した上で、別途本人と合意する必要がある(合意相殺)
  • 多額でなければ、2~3ヶ月以内に、本人に予告し、調整的に相殺をすることも可能(調整的相殺)

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事例詳細

当社は、従業員30人の不動産販売会社で、A社員は、入社5年目を迎える中堅社員ですが、もともとは企画業務に従事していました。

ところが、A社員が入社して3年が経過したころ、営業担当の社員が突然退職してしまい、急遽、A社員は、営業を担当することになってしまいました。

A社員は、新たに営業社員が入社すれば、また元の業務に戻れるのだろうと考えていましたが、こうした不況下ですから、会社も採用を控えるようになり、しばらく採用は行わない方針を打ち出しました。

A社員は、自分なりに1年間頑張ってきましたが、ついにA社員が営業課長に切り出しました。

A社員

あのー、課長、ちょっとお話があるのですが・・・。今少しお時間よろしいですか?

課長

おー、A君。どうしたんだ、改まって? わざわざ君から相談なんて珍しいじゃないか。

A社員

あのー、実は、わたし、来月一杯で、この会社を退職したいと思っています。

課長

な、な、なにー? ど、ど、どうしたんだ、いったい急に。何があったんだね。

A社員

実は・・・、以前からずっと考えていたことでして・・・。これ以上はちょっと・・・。

課長

う~ん。そうか・・・。私は、君にはまだ会社で頑張ってもらいたいと思っている。君もいろいろ思うところはあるだろうが、もう一回よく考えてみてくれないか。1週間後また話をしよう。

それから1週間が経過し、A社員は課長に話をすることにしました。

A社員

課長。先日のお話ですが、1週間時間をいただきましたので、その間いろいろと考えましたが、やはり退職することにしました。

課長

そうかー。意志は固いのか。分かった。君からの申し出については、社長にも伝えておくよ。それで、いつ付けで退職するんだい?

A社員

それが、来月一杯で退職したいと思います。こちらに、退職届を持ってきました。

課長

来月一杯か。今月ももう終わりだから、実質あと1ヶ月か。君は、担当のお客さんも比較的多いし、しっかり引き継ぎはやってくれよ。

A社員

課長。私は、これまで年次有給休暇を1日も使ったことがありません。退職するのは、来月末ですが、年次有給休暇の残日数が30日ありますので、退職日まで年次有給休暇を使います。そして、退職日までだと、年次有給休暇が消化しきれませんので、未消化分は買い取っていただきます。

課長

なにーっ! いくら退職するといったって、来月末までは、君はうちの会社の社員なんだぞ! 引き継ぎもせずに年次有給休暇を消化して、退職することなんて許されるわけないだろ!

これまで温和な態度を貫いていた営業課長も、さすがに声を荒げました。

A社員

課長。そうはおっしゃっても、年次有給休暇は労働者の権利です。これまでさんざんこき使われてきたんですから、最後くらいは労働者の権利を主張させてもらいます!

A社員も、吹っ切れたのか、声を荒げて応酬し、結局、翌日からA社員は出社しませんでした。

年休取得は労働者の絶対的な権利

年次有給休暇を巡って、このような紛争がよく発生します。

確かに労働者には、年次有給休暇という権利はあるものの、病気のとき、あるいは慶弔時に利用するくらいで未だに多くの企業においては、「年次有給休暇が取りにくい」という雰囲気があるようで、その取得率は45%程度となっております。

そうはいっても、年次有給休暇は、労働者にとって絶対的な権利であり、会社がこれを取得させないようにすることは不可能です。

法的な会社の対応としても、その休暇を与えることが、事業の正常な運営を妨げる場合に、取得時季を変更することができるだけです。

しかし、仮に事業の正常な運営を妨げる場合であっても、退職時に年次有給休暇を請求された場合には、退職日を超えて、取得時季を変更することができませんので、時季変更権が機能しないことになります。

有給休暇カレンダー

このように、会社としては、退職するなら、少なくとも引き継ぎくらいやって欲しいのに、一方の従業員は、年次有給休暇を全部消化したいというような状況においては、年次有給休暇の買い上げという方法を検討します。

ちなみに、買い上げ金額にルールはありません(通常は日割計算した1日分だと思いますが)。

有給休暇の買い上げは、通常は認められていませんが、以下の3つのケースでは、違法ではないと考えられています。

  1. 就業規則や労働協約等により、労基法に定める日数を上回る休暇を付与していて、その上回る日数分について買い上げる場合
  2. 時効により消滅してしまう年次有給休暇を買い上げる場合
  3. 退職によって取得できなくなる年次有給休暇を買い上げる場合

3.の場合会社としては、従業員が引継ぎ業務を実施してくれるというメリットを得ることができ、従業員としては、年次有給休暇を取得、あるいは買い上げしてもらえるというメリットを享受することができます。

会社のメリットと従業員のメリット

また、その他のメリットとしては、会社側についていえば、以下の3つが挙げられます。

  1. 債権・債務なしの円満退職の合意書が取りやすい(金銭を支払うので、合意書を取り交わす口実になる)
  2. 社会保険料の会社負担がなくなる(年次有給休暇を取得し続けると、賃金を支払っているのと同じなので、保険料が発生する)
  3. 休暇中に何か起きても責任はない(年次有給休暇を取得し続けると、従業員の地位が存続し続けることになる)

そして、従業員のメリットとしては、以下の4つが挙げられます。

  1. 解決金の場合は退職所得となる(税金はほとんどかからない)
  2. 社会保険料や源泉所得税の負担がなくなる(年次有給休暇を取得し続けると、賃金を支払っているのと同じなので、保険料や源泉所得税が発生する)
  3. 再就職までのまとまった資金ができる
  4. 職安で雇用保険の手続きが早くできる、あるいは退職日の翌日から再就職できる

退職時に年次有給休暇を一括請求されると、感情的には腹立たしいとは思いますが、引き継ぎ等を勘案すると、最終的には買い上げを提案して、合意書を取り交わし債権債務関係がないことの確認が取れれば、会社も得るものがあるのではないかと思います。

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