賃金引き下げの合理性

賃金の引き下げは、どの程度許されますか?
賃金カットは、どの程度までなら可能かという明確な基準があるわけではありません。少なくとも、使用者の一方的な都合ではなく、必要性や合理性が問われます。
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賃金引き下げの合理性

賃金をはじめとする労働条件の切り下げは、使用者の一方的な意向でできるわけではありません。

手続きにおいても、さまざまな段取りが必要です。

しかし、昨今、人件費を削減手段として賃金をカットする手法が広く用いられているのも事実です。

賃金カットは何%まで、あるいはどの程度までなら可能かということに関しては、明確な基準があるわけではありません。

手がかりとなるのは、まず賃金カットの必要性がどれだけあるかという点です。

賃金カットの必要性が大きければこれによる不利益が大きくてもそれなりの理屈は成立しますが、必要性が小さいのに大きな不利益を求めるならば、その賃金カットに対する合理性に問題が生じます。

また、業績悪化の責任は経営者にありますから、不利益は上層部に大きく、末端に小さくするのが当然だともいえます。

「年収10%程度」が一つの目安

こうした前提で個別の裁判例をみると、賃金の減少が無効とされた「みちのく銀行事件」の場合は、55歳以上の同行行員の退職までの賃金が33%から46%減少した事案で、年収で300万円~400万円の減少となると推定されます。

これに対して、賃金減少が有効とされた「日本鋼管事件」では、月額30,000円の減少幅にとどまり、賞与を5ヶ月と仮定すると年収で50万円の収入減となっています。

これは55歳ないし59歳の組合員の基準内賃金の平均月額の6.1%~9.2%減少に相当します。

労基法第91条の減給の制裁の限度も参考にすると、10%程度の賃金カットであれば、一定の合理性を備えていると考えることができるでしょう。

なお、「みちのく銀行」の場合、賃金削減が高年齢層に偏ったものであったことから、「皆で平均に負担をわかちあう」という前提がなかったという前提が「無効」の一つの基準となっているともみなすことができます。

賃金引き下げにかかる裁判例

期末勤勉手当の減額支給問題。
学園では昭和51年以来、給与規程を人事院勧告にならって改訂してきた。
支給そのものは5月の理事会で決定し、具体的な支給額は11月の理事会で決定するという方式であった。
しかし、想定外の人事院のマイナス勧告が行われたため、学園側はこれに漫然と従って4月にさかのぼって給与改定を行い、差額を12月の期末手当によって調整した。
労働者側は、人事院勧告の内容従った給与規程の減額改定自体はやむを得ないとしながらも、調整による減額については同意しなかった。

一審の判断
5月の理事会で人事院勧告にならって支給することが決定されていた。これを遡及して控除したにすぎない。したがって、給与は全額支払われている。

二審の判断
一審判決を取消。差額分として控除された金額の支払いを認めた。
個別の同意を得ることなく、現行を下回る支給額決定は、不利益変更に他ならない。個別に労働者の同意を要する。これまではプラス勧告であり、相応の利益であったがゆえに個別同意が必要でなかった。
一般職国家公務員の場合、改定時期は国会の議決で定めるが、民間給を決定する場合にも、それが当然合理性を持ちうることにはならない。安易に同視することは許されない。

会社の業績不振等を理由とする、固定給15%減額する旨の就業規則の変更は、経営状況、経営環境、組合等との交渉の経緯、他の従業員の対応等を総合的に考慮しても、これに同意しない原告らが受忍せざるを得ないほどの高度の必要性に基づいた合意的なものとはいえず、本件賃金カットは効力を有しない。
就業規則の変更による賃金の減額措置には、代償措置を講じた形跡がなく、経常収支などの黒字、経営状況や経営環境、および組合との交渉の経緯などをに照らしても、原告らが賃金減額を受忍せざるを得ないほどの高度の必要性に基づいた合理的なものとはいえない。

労働基準法第24条1項に定める賃金の全額払いの原則の趣旨に照らせば、既発生の賃金債権を放棄する意思表示の効力を肯定するには、それが労働者の自由な意思に基づいてされたものであることが明確でなければならないところ、年俸額が月の初めに遡及して20%減額したことにつき、上告人の自由意思に基づくものでないと認められるので、 すでに発生した賃金債権放棄の意思表示としての効力は有しない。

トラック運転手であった原告が、賃金を10%減額する措置に同意したとは認められず、減額分の請求については、時効により消滅した分を除き認容された。

就業規則上の根拠なしに、会社が資金繰り難を理由に管理職の賃金を20%減額した。
会社が減額通知をしたことは認められるものの、労働者らが自由な意思に基づいてこれを承諾したとは認められないと判断された。

銀行側は業績悪化を理由として、従業員の賃金・一時金・退職金の平均30%を一方的に減額した。整理解雇回避のための措置であると、主張。
裁判所は、労働契約において賃金は最も重要な契約要素であることはいうまでもなく、これを従業員の同意を得ることなく、一方的に不利益に変更することはできない と判断した。

労働協約に基づく賃金改定により、若年層・中堅層の待遇改善を図る一方で、55歳以上の組合員に対しては月額最大で約3万円の減額が生じた。
裁判所は、このような賃金改定も不合理ではなく、憲法上の平等原則や労基法3条等に反するものではない、と判断した。
本件改訂は55歳以上の者の賃金を減額するものではあるが、減額される金額が大きいとは言えず、経過措置も存在する点で、本件改訂による新制度が55歳以上の者にとって、過酷であるとまで言えないこと、若年・中堅層の待遇の改善という目的に則り、それによる成果が見込まれると認められることからして、本件協約を全体としてみた場合に不合理であるとか、55歳以上の組合員をことさら不利に扱うことを目的として締結されたものとは言い難いこと、本件改訂に至る手続が組合規約に則ったものであるとともに、組合員の意見を全く聴かずに一方的に進められたとまでは言えず、本件改訂による不利益との関係で組合員の意見を適切に考慮せずに締結されたものとは評価できないことを考え合わせると、本件改訂は組合の目的を逸脱して締結されたものとは言い難く、本件協約には規範的効力が生ずると解すべきである。

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