入れ墨調査を拒否する従業員を懲戒できる?

入れ墨があるという噂の従業員が調査を拒否した場合、懲戒処分を科すことはできるのでしょうか?
調査内容にかかわらずそれに回答しなければいけない労働契約上の義務はないとされ、けん責処分が違法とされた事例がありますので、慎重な対応が必要です。
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このコンテンツの目次
  • 入れ墨調査と懲戒処分
  • 事例詳細

入れ墨調査と懲戒処分

  • 表現の自由との関連で入れ墨はいまだ一般的ではなく、書面調査が有効と判断された事例がある
  • ただし懲戒処分については、調査内容にかかわらずそれに回答しなければいけない労働契約上の義務はないとされ、けん責処分が違法とされた事例があるため、慎重な対応が必要

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事例詳細

ある日、北大塚商事に電話がかかってきました。電話をしてきた女性は、名乗りもせず一方的に話し出しました。

女性

さっき、そちらの従業員がドラッグストアにいましたが、入れ墨のようなものを腕にいれてましたよ。一体どういう教育をしているんですか! 怖くて買い物もできなかったじゃないですか!

総務部長

大変失礼ですが、弊社の従業員であることがどうして分かったのでしょうか?

女性

そんなのすぐに見て分かるわよ。お店の前におたくの社名と電話番号が入った車が止めてあって、そこから荷物を抱えてお店に運んでましたからね。袖をまくったところから入れ墨みたいのが見えたわよ! どうしてくれるのよ!☆%&△・・・

女性は30分ほど話して電話を切りました。総務部長は疲労感を覚えましたが、すぐ社長に報告しました。

総務部長

社長、匿名ですが、実は女性から腕に入れ墨をしている従業員がいると電話がありました。

社長

うちの従業員が入れ墨!? 入れ墨なんてすぐに分かりそうだがなあ。それは信用できそうな情報なのか?

総務部長

場所はドラッグストアなのですが、今日の午前中に薬品の納品をしています。発注漏れがあり直接お店に納品をという先方からの依頼があって、新人のA君が納品しています。

社長

しかし、腕に入れ墨だと、夏になると半そでの時もあるから分かるだろう。なぜ今ごろ?

総務部長

そうですよね・・・周囲の者もすぐに気がつきそうですが・・・。最近入れたのでしょうか・・・?

社長

いずれにしてもそれが本当なら取引先からのクレームになるかもしれないし、そうすれば配置の変更の必要性も出てくるな。面倒でも一度調査してみてくれないか?

総務部長は、他にもいないか確認するために、従業員全員に書面で入れ墨の有無について回答するように通知しました。

するとAだけがいつまでたっても回答しようとしません。総務部長はAと話してみることにしました。

総務部長

A君、いつまでたってもこないだの書類が出てこないけど、どうしたの?

A社員

ヒゲを伸ばすとか髪を染めるとか、別に自由なわけですよね? 入れ墨だってそれと同じで、別に会社に報告する必要ないと思うんですよね。ほら表現の自由ってやつですよ。

総務部長

そもそもなんでこの調査をしているのか分かっているのかい? 確かに表現の自由はあるが、入れ墨は未だに反社会的勢力だと思われるし、見ると怖がる人もいるんだよ。実際に、君が入れ墨をしているので怖いというクレームがあったのが、きっかけなんだよ!

総務部長はイラっとして、つい声を荒げてしまいました。

しかしAは、「絶対出さないし、強制するのはパワハラだ!」と言い張って、ついに総務部長とAは口論になってしまいました。

そして、総務部長はそのことを社長に報告すると、「そんな奴は懲戒処分だ!」と社長もAの態度に激怒してしまいました。

プライバシー、パワハラ、懲戒処分の妥当性の問題

さて、Aに対する懲戒処分は可能なのでしょうか。

地方公務員に対し入れ墨の有無を回答するよう求めたところ拒否されたために懲戒処分を行った事案では、入れ墨をしているかどうかの情報は、憲法第13条のプライバシーとの関係でいえば保護の対象足りえるが、これに対する調査はその目的等に照らして正当かどうかを判断するべきとし、書面調査を有効としたほか、憲法第21条の表現の自由との関連では人の精神的な面を表現する手段として入れ墨はいまだ一般的ではなく、入れ墨の有無について回答すること自体が人の内心を外部に公表する精神活動の一態様であるともいいきれないとしました。

また個人情報保護条例との兼ね合いでは、入れ墨の有無は差別情報にあたらないと判断し、大阪市の勝訴となりました。(大阪市・市交通局長(入れ墨調査)事件 大阪高裁 平成27.10.15、大阪地裁 平成26.12.17)

これを踏まえれば北大塚商事の調査も今のところ問題なさそうですが、Aが主張するパワハラはどうでしょうか。

これについてはご承知の通り、2020年6月1日から大企業には防止義務が課されていますが、回答を求めること自体は指針でいうパワハラの類型に当てはまらないと考えられますので、この点も問題はなさそうです。

ただし、古いですが、富士重工業事件(最三小 昭和52.12.13)で、調査に応じることが職務内容である場合はともかく、調査内容にかかわらずそれに回答しなければいけない労働契約上の義務はないとされ、けん責処分が違法とされた例がありますで、懲戒処分については慎重な対応が必要です。


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