就業規則と実態が異なるとき
- 就業規則と実態が異なっているときは、どうすればよいですか?
- 要件を満たしていれば実態が労働慣行として成立しますが、就業規則を正しい手続きで変更し、成文化することが最も明確な方法でしょう。
労使慣行の成立要件
就業規則と実態が異なるケースはよくあります。
たとえば、企業社会一般あるいはその企業の中で、事実上の制度や取り扱いとなって、それが労使間で当然に認めらるという状況があります。
それを「労働慣行」と呼んでいます。
法律行為の当事者がある期間事実たる慣習に依って行為を繰り返している場合は、事実たる慣習は、その当事者間の契約内容に転化する。
日本貨物検数協会事件 東京地裁 S46.9.13
また、労働慣行が成立するには、次の要素が必要です。
- ある事実上の取り扱いや制度と思われるものが、
- 反復し継続して行われており、特別なことがなければそれによるという形で定着化し、
- その取り扱いや制度を一般労働者が認識(承知)しており、
- 就業規則の制定変更権限のある使用者が明示または黙示的に是認しており、
- 労使ともにそれに従って処理・処遇しており事実上のルール化(規範化)している。
上記の5要件を欠く慣行は、労使慣行とはいえません。
したがって、「今回限りの特別な臨時措置である」とか、「○○部課のみの暫定処理であり恒常化はしない」といった旨を明確にした場合、あるいはその行為に対して異議を申し立てた場合、労使慣行の成立は阻止されます。
労働慣行が認められた裁判例
裁判でも、労働慣行として認められたものは少なくありません。
給与規定上皆勤手当の支給対象者について限定がないとしても、皆勤手当は役職者および役職待遇者には支給しないという労使慣行があったとした。
アイエムエフ事件 東京地裁 H5.7.16
いわゆる賞与在籍者払の慣行と、ただし賞与も計算期間中に在籍し支給日に在籍しない定年退職または死亡退職の従業員および嘱託に対しては例外的に当該賞与を支給する、という慣行の存在を認めた。
京都新聞社事件 最高裁 S60.11.28
ストライキの場合における家族手当の削減について、会社と長船労組との間の労働慣行を認めた。
三菱重工業長崎造船所事件 最高裁 S56.9.18
55歳の定年退職制(※)を定めているが、実際には定年退職扱いとせず、引き続き特段の欠格事由がない限り、従業員を直ちに嘱託として再雇用することが常態となっており、過去何人もそのような取り扱いを受けている場合における再雇用制度の慣行
大栄交通事件 最高裁 S51.3.8
※現在は60歳未満の定年制は違法です。
従来から賞与はその支給日に在籍する者のみに対して支給するとの慣行
大和銀行事件 最高裁 S57.10.7
退職金規定はないが過去何回となく退職金を支払っており、その内容は退職者には基本給プラス諸手当に勤続年数を乗じた額の退職金を支払うという旨の慣行
宍戸商会事件 東京地裁 S48.2.27
高校においてテスト日の午後は教職員は自由に下校し、あたかもいわゆる半ドン制と同じようになっている慣行
旭丘高校事件 札幌市公平委員会 S45.12.24
約13年間の長きにわたり存続してきた勤務時間中の午後4時入浴、午後4時30分退社の慣行
国鉄田町電車区事件 東京高裁 S43.1.26
労働慣行が認められなかった裁判例
一方で、労働慣行として認められなかったケースには、以下のようなものがあります。
被告会社では、満55歳を定年とするとの旧就業規則の規定も、満60歳定年制を定めた新就業規則も、長年にわたって適用しないとの運用を行ってきたのであるから、そのような慣行の下で原告らについてのみ、定年制度の運用を主張することは許されない。
協和精工事件 大阪地裁 H15.8.8
営業譲渡後、タクシー乗務員の勤務形態を変更するに当たり、勤務形態の変更には乗務員の同意を要するとの慣行の成否と、変更の合理性が争われた事案。
裁判所は、従前、勤務形態の変更が行われなかったといって、慣行の成立は認められないとし、勤務形態の変更を有効だとした。共同交通事件 札幌地裁小樽支部 H12.12.4
国府津運転所における勤務時間内の洗身入浴を認めなかった。
国鉄国府津運転所事件 横浜地裁小田原支部 S63.6.7
池袋・蒲田両電車区における勤務時間内の洗身入浴を労使慣行と認めなかった。
国鉄精算事業団事件 東京地裁 S63.2.24
青函局では、リボン闘争に対し、これが服装の定めに反する違法のものであるとして、そのことの周知徹底をはかるとともに、青函地本の本部にリボン闘争の中止を申し入れ、リボン闘争が違法であることを繰り返し注意していたのであるから、控訴人がリボン闘争を容認したことはなく、本件のようなリボンの着用が職場内慣行となっていたと認める余地はない。
国鉄青函局事件 札幌高裁 S48.5.29
強行法規との関連
「事実たる慣習」が成立していても、それが強行法規に違反するものであれば、当然ながら、法的な効力は成立しません。
たとえば、退職した月の給料残額は支払わないといった慣習です。
この慣習は労働基準法に違反するので、法的な効力はありません。
職員会議の続行による時間外勤務に対しては、時間外手当を支払わない、あるいは、これを請求しないという慣行は、仮にあったとしてもその効力を有しない。
労働条件の基準を定める労働基準法の規定が強行法規であることは、同法第13条の規定によって明らかである。
時間外労働に対する割増賃金支払義務を定める労働基準法・・・の規定が公の秩序であって、これに反する慣行は効力を有しないとする原審の判断は、正当である。静岡県教組事件 最高裁 S47.4.6
労働慣行の是正・変更・廃止
すでに定着している労働慣行を是正・変更・廃止するときは、次のような方法をとります。
- 就業規則の変更
- 最も明確なのは、就業規則を変更して成文化すること。
- 明示の意思表示による改廃
-
- 労働慣行の存在自体を否認する
- 労働慣行の成立を認めるが、それによる取り扱いの廃止を意思表示する
- 労働慣行の成立を認めながらも、それ以降その取り扱いを修正し、新たな取り扱いや成文の就業規則通り行う旨意思表示する
- 異なる慣行の成立による改廃
- 新しい労働慣行が生起したとき、古い慣行は廃止されたとみなされる。
- 労働者の黙示の意思表示による改廃
- 使用者が事実上において既存の労働慣行を改廃する取り扱いをし、労働者側においてその改廃の事実を知りながらそれに異議を述べない場合には、使用者側の既存の慣行の改廃の意思表示に対し労働者側が黙示的に同意していると認められる。
- 労使合意による改廃
- 使用者が改廃を提案し、労働者側がそれに同意を表明するという手法で、労働協約によるもの、社員代表の合意・従業員協議会における承認などの場合がある。
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